社員と仕事

HOME > 社員と仕事 > 岩崎 敦

「モノ作り」と「地元勤務」にこだわり出会った、社会派企業。

無人運転を実現するはじめてのトライ

第1技術部の中でも“新交通()”に関するシステム開発を専門に担当している私は、これまでに大小合わせて50近いプロジェクトに携わっています。その中で2005年2月から3年という時間をかけて実現した「車庫ARTC装置」の仕事が、私の大きな飛躍となったこともあり、とても印象深く残っています。東京都内に新設されることになったこの新交通の車庫は、12編成の列車を出し入れし、さらに省力化のために完全な無人化を実現するシステムが求められました。私にとって初のトライであり、しかもはじめてプロジェクトリーダーを任された仕事。ダブルの緊張で常に気持ちが張り詰めた状態であったことはもちろん、仕様決めから開通までのすべての工程で試行錯誤を繰り返したことを覚えています。

)新交通/道路を立体的に利用した専用軌道上を走行する、バスと鉄道の中間程 度の輸送力をもつ新しいタイプの交通機関。

自信がついたプロジェクトリーダー経験

このプロジェクトでいちばん時間をかけたのが仕様決め。発注者側2社と空調やライトなど関連装置を担当するシステム会社の計3社と何度も折衝を重ね、仕様が決定したのは1年後でした。苦戦した理由の一つは、私たちが担当する信号制御や列車制御、ダイヤ管理の機能に 加えて、別のシステム会社が担当する他装置との連携が必要だったためです。

多装置の新しいインターフェイス対応は過去にそれほど経験がなく、しかし安全は列車のシステムの第一優先事項となりますから、次の設計段階でもエンジニアの質問への対応、そしてユーザー側への確認と、コミュニケーションには相当の時間を費やしました。

実際、試験工程のフェーズに入り、シミュレーションの段階で走行中にドアが開いたり、出発が数秒早いといった設計時には反応しなかったタイミング的な問題が複数発生。問題の原因を探り、自社スタッフが修正するのか、あるいはもう一方のシステム会社側に依頼するのかせめぎ合いになる場合も少なくありませんでした。

そこで私が大切にしたことは、常に第一優先を「安全で使いやすいシステムを追求する上で最適と思える答えに従う」ということでした。プロジェクトスタートからちょうど3年後の2008年2月にすべての調整が終わり、開通時には現場待機をして仕事の成果を見守りましたが、「よいものができたね」というねぎらいの言葉を聞くことができ、最適を追求し続ける仕事スタイルは正しかったし、今後も決して変えることなく続けていこうと決意を新たにしました。

モノを生む原点、コミュニケーション

私が京三システムに入社したのは、大学で「道路交通信号整備」の研究をしていたからです。しかし、そうした関連性のある勉強をしていた人だけがここに集まっているわけではありませんし、逆に「京三システムと出会ってはじめて鉄道のシステムに興味を持った」という仲間の方が多いくらいだと思いますよ。

ですから世の中の役に立つ仕事がしたい、人々の生活を支えていると実感できるような仕事がしたいと考えるたくさんの方に、京三システムという会社に注目していただきたいと思います。

この仕事は、特にプロジェクトリーダーを任されるようになると「自分の考えが正しく伝わらないとモノができない」ということを実感します。本当にコミュニケーションが大切で、そこに力を発揮できれば技術知識は勉強しながらでも充分やっていけると思いますので、ぜひたくさんの方にチャレンジしていただきたいです。そうそう、弊社の社長からは、よく社内で声をかけられ話し込んだりしています。トップが仕事に理解があるとエンジニアはとてもありがたい。そうした働く環境も、京三システムの自慢の一つと言えるかもしれませんね。

1999/04
入社
1999/05
「大手電鉄会社の運輸司令システム」改修業務にメンバーとして携わる。
1999/10
某新交通の車庫管理システム開発に携わり、以降プロジェクトメンバーとして複数のシステム開発を経験。
2003/06
某新幹線のATC車上装置保安制御開発に携わり、以降、台湾新幹線プロジェクトなど海外案件にも携わる。
2004/11
某新交通の車庫管理システム開発複数案件に携わる。
2005/02
某新交通の無人車庫管理システム開発にプロジエクトリーダーとして参加。以降20件以上のプロジェクトでプロジェクトリーダーを努める。
2009/11
主任に昇格
  • Oracle開発技術
  • ネットワーク構築技術
  • SHマイコン使用技術など

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